僕には思い出があります。父が死んで三回忌を終えたころ、家の襖を張り替えたいと
母が言い出して、そこへ行きました。ちょうど昼飯時で、作業場のなかに声を何度か
かけたけれど、誰も出てこない。車の下に白い子猫が2匹いました。庭の片隅の鶏小
屋みたいに大きな網小屋のなかに、6匹の猫がおり、そのなかに白猫が1匹いて、はっ
としました。ロシアン・ブルーというのか、トパーズみたいな透明な目の色をしてい
たからです。よく見ると、子猫たちも同じ目をしています。
母屋から出てきた作業着姿の小柄な男が主でした。その人は「昼飯を食いよるとこ
じゃった」と、ニコニコ笑っている。いつまでたってもその笑顔が消えないものだか
ら、この人は怒ったことがないのかと思ったくらいでした。車の下の子猫を指して、
「これたちの親はあの小屋におる」と白い大人の猫を見て、「あれは車に轢かれて脚
を折っちょったとよ。手当してやったっちゃが、背骨までやられちょって、後ろ足が
全然使えんかった。なごうは生きられんじゃろと思いよったら、しばらくして前足だ
けで作業場の入口の段差を這うてあがってくるとよね。いまもああして生きちょる」
「オス? メス?」と僕は尋ねました。
「メスよ」と内倉さんは言います。「あれを拾うまえに、3匹おったっちゃもんね。
そんなかの1匹がオスで、それとデケたっちゃん。生まれたつが、あの2匹」
「へえ、体わるしても子を産んだったい」僕はしみじみ親猫を眺めました。
襖の張り替えを頼みたいと母が言うと、細かい話は省きますが、襖紙を張り替えるだ
けならそれは表具屋の仕事だからと別の店を紹介してくれました。われわれは内倉さ
んの昼休み時間を妨げてしまったわけですが、「そりゃすまんかったのう」と頭を下
げる母に、彼は笑顔のままで「ヨシャクがわるかったのう」と帽子をとって言ってく
れました。
僕が社長をしていることを知っているらしい彼は、「鉄道がなくなってさびしいも
んじゃのう」と言い、「列車の走る音が聞こゆると、昼飯にしよかなあとか、そろそ
ろ仕事を終えるかなあとか、時計がわりじゃったもん」と、崖下にのぞく線路に目を
やる。
それからしばらくして、駅に来てくれました。
「なにか手伝うこつがあったら、なんでん言うてくりよ。トロッコに屋根を付くるな
ら、やってやるばい」
あの笑顔で、そう言ってくれるのです。
以来、お会いしてないのですが、地元の役員に聞くと「古民家のちょっとした世話ぐ
らいならしてやるぞ」と言ってくれているらしい。ありがたいことです。
われわれの会社は、ほとんどボランティアでもっています。古民家は畳や壁板がぼ
ろぼろで、ダニの住処。活用をどうするか、修復をどうするか、おカネがかかりま
す。しかし、それらに使うおカネはありません。また活用にあたってもらえる人もお
らず、せっかくの厚意に応えられないのが現状なのです。
美樹が撮った写真の猫は、2匹のどちらかなのでしょう。内倉さんのかわりに心配
して見に来てくれるのでしょうか。親猫はまだ生きているでしょうか。